概要
セント・アンドリュース大学のフィリップ・キング教授とマンチェスター大学のモハマド・サイード・バフラミー博士が率いる国際研究チームは、「モアレ量子材料」という新興分野において重要な発見を成し遂げました。本研究成果は2025年12月19日に『Advanced Materials』 誌に掲載され、グラファイト上に成長させた単層 の二セレン化ニオブ(NbSe2)において、層同士の結びつき(層間共鳴結合)が、系の電子構造をどのように再構築するかを明らかにしています。本成果は、最先端の角度分解光電子分光(ARPES)と高度な理論モデリングを組み合わせたものです。理論計算は、東北大学金属材料研究所のロディオン・ベロスルドフ准教授との共同研究のもと、同研究所計算物質科学センター(CCMS)のスーパーコンピューター「MASAMUNE-IMR」を用いて実施されました。
モアレ超格子は、格子定数がわずかに異なる、あるいは重なる角度がずれた二つの原子層を積み重ねたときに生じる「干渉模様(モアレ模様)」によって形成されます。この構造において、モアレ模様は電子の運動を制御する強力な「デザイナーポテンシャル(設計されたポテンシャル)」として働きます。これにより、非従来型超伝導や相関絶縁体状態といった、多様で新しい電子相を発見するための格好の舞台となっています。
本研究チームは、こうした層同士が影響を及ぼし合う「モアレ相互作用」が、薄い層を手作業で積層する従来の方法だけでなく、分子線エピタキシー法(MBE)を用いて高品質かつ大面積のヘテロ構造を直接成長させることによっても実現できることを示しました。エピタキシャル成長させた「NbSe2/グラファイト系」を詳細に調べた結果、モアレ超格子に由来する明瞭な特徴が観測され、NbSe2とグラファイトの電子状態が強く絡み合う仕組みが明らかになりました。
特に重要な発見として、モアレ模様の影響により、グラファイト側の電子の状態(ディラック状態)の「分身(レプリカ)」が、運動量空間の新たな位置に現れることを見出しました。この分身がNbSe2側の電子の状態(フェルミ面)と交差する場所において、モアレ格子を介した「層間トンネル効果」が発生し、電子構造が選択的に書き換えられます。理論モデリングの結果、この「共鳴的層間結合」は、両材料の電子状態がエネルギーと運動量の両面で一致したときに発現することが示されました。
この発見は、極めて重要な意味を持ちます。NbSe2は、電子が波のように並ぶ「電荷密度波(CDW)」や、特殊な「イジング超伝導」といった現象を示すことで知られています。本研究では、モアレによって生じるギャップが、通常 CDWが形成される位置に正確に現れることを示しました。これは、モアレ結合が物質本来の性質(CDWの不安定性)と直接競合し、それを抑制できる可能性を意味しています。より一般的に言えば、本研究は「モアレエンジニアリング」が新しい電子状態を作るだけでなく、材料が本来持っている性質を制御したり、変化させたりする手段としても有効であることを示しています。
今回の発見は、制御可能で大面積な量子材料プラットフォームを構築するための重要な一歩です。次世代エレクトロニクスから未知の量子状態の探索に至るまで、長期的な応用が期待されます。
詳細
- Advanced Materials [DOI: 10.1002/adma.202511262]

図1. グラファイト上に成長した単層 NbSe2 におけるモアレ超格子の形成。 上:NbSe2 をグラファイト上に積層した際の原子配列を示しており、わずかな格子不整合によって実空間に周期的なモアレパターンが形成される。下:このモアレパターンが運動量空間における電子構造をどのように再構成し、特定の運動量において界面を挟んだ層間で電子のトンネルが可能になるかを示す模式図。 © P. D. C. King and M. S. Bahramy
