東北大学 原子分子材料科学高等研究機構(WPI-AIMR)/金属材料研究所 齊藤英治研究室の吉川貴史博士課程学生(日本術振興会特別研究員)と齊藤英治教授、共同研究者のGerrit E.W. Bauer教授は、物質中の音波を利用してスピンゼーベック効果の信号を増大させる新原理を発見しました。
環境の温度差が電気を作り出す現象のことを熱電変換現象と呼びます。スピンゼーベック効果は、スピン流を利用した新たな熱電変換現象であり、磁性絶縁体と金属を張り合わせた二層膜で生じます。磁性絶縁体に生じた温度差によってスピン流が流れ、そのスピン流が金属層に流れ込むことで電圧を生みます。スピンゼーベック効果を用いた素子は大面積化や薄膜化の容易さから、次世代の熱電変換素子として期待が寄せられています。
これまでスピンゼーベック効果の性能向上は、磁性体中のスピン流の担い手であるスピン波(マグノン)の性質に注目して行われてきました。スピン波が長い距離を伝搬するほどスピンゼーベック効果の出力は大きくなるため、その伝搬距離を実質的に伸ばす素子の多層化などが素子の出力向上に大きく貢献しました。
今回の研究では、物質中の音波(フォノン)が、スピンゼーベック効果の出力向上に寄与する可能性を示しました。これは物質中で音波とスピン波が同じ波長と振動数で伝搬している場合、スピン流の伝搬距離を伸ばすことができるために生じる現象です。この音波の積極的な利用は、スピンゼーベック素子に最適な材料選択や素子構造に新たな指針を与えるものであり、今後の実用化研究に重要な知見を与えると期待されます。
本研究成果は、 2016年11月10日(米国時間)に、米国物理学誌「Physical Review Letters」オンライン版で公開され、注目論文(Editors' Suggestion)に選ばれました。
なお、ERATO齊藤スピン量子整流プロジェクトでは、東北大学がスピンゼーベック効果の基礎研究を進めつつ、日本電気株式会社による実用化開発を行っています。これまでにフレキシブルなスピンゼーベック素子、多層化による出力向上などを通じて、実用化に向けた前進を続けています。これまでの研究成果は、スピンゼーベックアソシエーションを通じて、多数の企業へ情報発信されています。
詳細1: プレスリリース本文 [PDF:434KB]
詳細2: Physical Review Letters ウェブサイト [DOI:10.1103/PhysRevLett.117.207203]
(a)YIGのマグノンとフォノンの分散関係。フォノンには横波と縦波の二種類が存在する。マグノンの分散関係は磁場を印加すると磁場に比例して高周波側にシフトする。一方で、フォノンの分散関係は磁場によって変化しない。(b),(c) 共鳴現象によって生じたマグノンと横波フォノンの混成波の分散関係。