シンプルでかっこいい、だから物理は面白い
―このたびはご卒業おめでとうございます。まずはじめに現在の研究分野を選んだ理由を教えてください。

紅林 私は学部3年生時に受けた学生実験がきっかけです。ちょうどその頃はトポロジカル絶縁体が発見されたばかりの時で、最新の実験データを見せてもらえる機会がありました。理解はあまりできなかったのですが、ディラック電子という言葉の響きに惹かれ、突き詰めてみたいなと思い、この分野の専門であるバウアー先生と野村先生の下で研究することを決めました。
大門 齊藤研に興味をもった大きなきっかけは、当時齊藤研の学生だった内田健一さんが大きな賞を受賞されていたことです。とてもインパクトがあり、この研究室に入れば自分も活躍できるかもしれないと思いました。その後、物性実験に行くか、素粒子理論に行くかで迷っていると、齊藤先生に「物性実験は素粒子理論で論じられている現象を物質の中で創り出す分野。それを実験で実際に観察できるから面白い。」と言われ、自分の興味があることに同時に取り組めると思い、今の研究室を選びました。
―理学に興味を持ったきっかけや物理の面白いと思うところを教えてください。
紅林 私は一度工学系の勉強をしてから理学に興味が沸きました。もともとはロボットなどを自分で物を作って動かすことに興味があり、情報制御技術を学べる高専の学科に進学しました。授業では〝この式を使えばこの強度が見積もれる“ということを学びますが、式の成り立ちまでは教わりません。自分はそこに気持ち悪さを感じたんです。自分で一から式を作って説明できるほうが面白い、そう気付いて理学部に編入しました。ただ大学の物理の講義は思った以上にレベルが高く、周りに追いつくために必死に勉強しました。おかげで物理を一気に学べて楽しかったですし、力にもなったと思います。

大門 物理の好きなところは、覚えるべきものが少ないことです。僕は日本地図もあまり覚えていないくらい暗記が苦手で。。物理は基本原理に従って現象が起きているので、物理法則を2,3個知っていれば、あとは論理ですべてを説明できる。そこが大きな魅力です。
紅林 私もそう思います。物理は万物の理論。突き詰めれば一つの式で宇宙から原子まで説明できる、その構造がきれいでカッコイイ。
大門 公式を見たときにそれをそのまま受け入れられる人もいますが、紅林さんのようになぜその式になるのか気になって、なんで?どうして?と掘り下げていける人は理学向きだと思います。
成功するには運が必要?!
―研究で大変だと感じることはありましたか。
紅林 スピントロニクスやトポロジカルは、今非常に注目されている分野のため、競争相手がとても多いんです。本当はもっと突き詰めたいのに、他の研究者が結果を出す前に、とりあえず論文にして発表しなければならないこともあります。世界と競争をしながら研究を進めていかなければならないところは葛藤を感じています。
大門 僕は成功するかしないかは運で決まってしまうところだと思います。それぞれが取り組んでいるテーマはどれも面白い。でも追っている現象が、理論や実験で証明できるかどうかは運次第です。様々なことに挑戦していくなかで現れるチャンスを、いかに逃さずに見つけられるかが重要だと感じます。逆に一度その運をつかめば、どんどん次のテーマにつながっていくので、それを見つけることもまたやりがいだと思います。
紅林 運というよりも、齊藤研では発見のきっかけを逃さないようなトレーニングがきっとできているんだよね。
大門 チャンスがあったときに、それを必ずつかむ能力は鍛えられると思います。1つの物理現象に対して、なぜそれが起こるのかという仮説はたくさんあります。これらの仮説を1つに絞り込んでいくために、ただやみくもに実験を重ねるのではなく、効率よく証明できる実験を組み立てることも重要な力です。アイディアによって一気に実験がきれいにまとまり、説得力が生まれるので、実験はかなり計画を練ってから始めますね。

知識が増えるほどに思い知る先生のすごさ
―お二人は博士課程に進む前に、進学か就職かで迷ったりしましたか。

紅林 特に迷いはなかったです。漠然と研究者になりたいと思ってはいたので、はじめから博士課程まで進むつもりで大学院に進学しました。
大門 僕は悩みました。研究職は将来が不安定という点が一番引っかかっていたので。修士の時には企業のインターンにも参加しましたが、実際に行ってみると自分には合わないと感じました。企業はやることがルーチンで決まっているし、組織の目的のために働くことが求められます。それよりも誰もやったことがないことを自分で発見して、その楽しみを味わうほうが自分には向いている。そう思って博士課程に進むことを決意しました。
―博士課程に進んでから大きく変化したことはありますか。
紅林 大きく変わったと思ったのは、学会に参加したときに受け取れる情報量が多くなったことです。修士までは講演の内容を理解するのに精一杯で、言っていることがわからないこともしばしばありました。今では話を聞くと、そこからたくさんのアイディアが浮かびます。研究者としての知識やスキルが年々身についてきていると感じています。
大門 修士のときはスピントロニクスの分野も十分に理解できていませんでしたし、実験も先生からアイディアを頂いて指導を受けながら進めるので、学部の延長のような感じでした。博士課程になってからはアイディア出しから実験の設計まである程度自分でやってから先生と議論するので、独立して研究を行うようなったことが大きな変化です。

紅林 指導教員との関係も、学生と先生というより共同研究者として接してもらえるようになったという印象です。でも先生はいつまでもすごいですね。自分が1週間ぐらい悶々と悩んでいた計算が、先生に相談すると5分くらいで片付いて、時間を無駄にしたのかな、、ということもしばしばありました。
大門 逆に僕は先生が5分くらいで言っていたことを理解するのに1週間がかかったことがあります。ものすごい勉強をしてようやく、ああ、こういうことをいっていたのかと分かる。本当に幅広い分野を理解されていることを実感します。
恵まれた研究環境を存分に活かして
―金研ならではの研究環境や、研究生活に求められることを教えてください。
大門 他の部局や大学と比べて教員の数が多く、学生の数も少ないので、1対1で手厚く指導してもらえるのは金研ならではだと思います。金研で研究を進めるのに必要だと感じるのは、熱意や積極性です。自分のやりたいテーマが明確でなくとも、実際にやってみてから興味を持つこともあります。好奇心旺盛な人は金研に向いていると思います。言われたことだけをやりたい人には厳しい環境かもしれません。
紅林 自分の分野に限っていえば、金研にはスピントロニクスの研究室が多く、すぐ近くにトップレベルの研究をされている先生が集まっていて、一体感があり、研究がやりやすかったです。
大門 僕の研究室と紅林さんの研究室は特に交流があって、実験で理論的に説明できない結果が出ると、何かいいアイディアがないか相談しにも行きました。
紅林 相談から共同研究が始まることもあり、お互いにとってプラスになっています。あとはスピン関係のセミナーや国際会議が多く開催されるので、海外に行かずとも国際的に有名な研究者の講演が聴けます。階段を降りるだけで世界の動向を知れる環境は本当に恵まれていますよね。そういった面でも金研の研究環境は、研究で一旗あげたい人、自分を試したい人にとっては最適だと思います。ただ研究機関なので、学生でも研究者として扱われますし、研究中心の生活になります。ゆっくり勉強したいという人にはあまりお勧めできないかもしれません。
―最後にこれからの抱負をお願いします。
紅林 あの人に頼むと何でも返ってくるよね、といわれるような、あらゆる分野に精通した理論家になりたいです。様々なテーマに取り組み、深く掘り下げていきながら、自分のフィールドを広げていきたいと思います。
大門 僕は来年から大学の教員として着任するので、学生のいいところを伸ばしてあげられるような指導ができるよう頑張りたいと思います。今は自信がありませんが、、教育指導も研究を重ねて成果をだしていきたいです。
ーどうも有難うございました。お二人の今後の活躍を期待しています!
