2017年度博士課程修了生インタビュー

物理はシンプル だから面白い

 
 
 
 
紅林 大地
理学研究科物理学専攻
博士課程3年→理化学研究所研究員
金属物性論研究部門(バウアー研)
高専在学時に物理の面白さに目覚め、理学部に進学。絶縁体と金属の特徴をあわせ持つトポロジカル絶縁体の研究に取り組む。通常とは異なる動きをする電子を持つワイル半金属にみられる、スピンと電荷の特異な関係を理論計算により導き出した。

※トポロジカル絶縁体:物質内部は絶縁体にもかかわらず、表面は電気が流れる金属状態が生じている特殊な物質。2007年に絶縁体、半導体、金属のいずれとも区別できない物質として発見された。トポロジカル絶縁体の表面には、ディラック電子と呼ばれる、極めて薄い2次元領域を移動する特殊な電子が存在する。ディラック電子は一見質量がない粒子として物質中を高速に移動し、通常の電子系とは異なる性質を示す。

※ワイル半金属:ディラック電子に似た質量ゼロの粒子「ワイル粒子」が内在する物質のこと。ディラック電子が2次元空間を移動するのに対し、ワイル粒子は3次元空間を高速に移動する。ワイル半金属を含めたトポロジカル物質は、その特異な性質から物性物理学研究の中でも注目を集めている。

大門 俊介
理学研究科物理学専攻
博士課程2年→東京大学工学系研究科助教
量子表面界面科学研究部門(齊藤研)
次世代電子デバイスとして注目されるスピントロニクス分野において、スピン流から熱を作り出すスピンペルチェ効果 の研究に取り組む。スピン流によって生じる温度変化を可視化する技術を確立し、独特な温度分布の観察に成功した。

※スピントロニクス:電子の磁気的性質であるスピンを利用して動作する、全く新しい電子素子を研究開発する分野のこと。

※スピン流:電流が流れることなくスピン(電子の自転)だけが流れている状態のこと。上向きスピンを持った電子と下向きスピンを持った電子がそれぞれ逆方向に流れることによって生じる。

※スピンペルチェ効果: 金属と磁性体の接合界面にスピン流を流すことによって熱流が生成される現象。スピン流と熱流の間には相互作用が存在し、新たな熱利用・熱制御のための基礎現象として注目されている。スピンペルチェ効果の逆、すなわち熱からスピン流を生み出す現象はスピンゼーベック効果として知られる。

シンプルでかっこいい、だから物理は面白い

―このたびはご卒業おめでとうございます。まずはじめに現在の研究分野を選んだ理由を教えてください。

紅林 私は学部3年生時に受けた学生実験がきっかけです。ちょうどその頃はトポロジカル絶縁体が発見されたばかりの時で、最新の実験データを見せてもらえる機会がありました。理解はあまりできなかったのですが、ディラック電子という言葉の響きに惹かれ、突き詰めてみたいなと思い、この分野の専門であるバウアー先生と野村先生の下で研究することを決めました。

大門 齊藤研に興味をもった大きなきっかけは、当時齊藤研の学生だった内田健一さんが大きな賞を受賞されていたことです。とてもインパクトがあり、この研究室に入れば自分も活躍できるかもしれないと思いました。その後、物性実験に行くか、素粒子理論に行くかで迷っていると、齊藤先生に「物性実験は素粒子理論で論じられている現象を物質の中で創り出す分野。それを実験で実際に観察できるから面白い。」と言われ、自分の興味があることに同時に取り組めると思い、今の研究室を選びました。

―理学に興味を持ったきっかけや物理の面白いと思うところを教えてください。

紅林 私は一度工学系の勉強をしてから理学に興味が沸きました。もともとはロボットなどを自分で物を作って動かすことに興味があり、情報制御技術を学べる高専の学科に進学しました。授業では〝この式を使えばこの強度が見積もれる“ということを学びますが、式の成り立ちまでは教わりません。自分はそこに気持ち悪さを感じたんです。自分で一から式を作って説明できるほうが面白い、そう気付いて理学部に編入しました。ただ大学の物理の講義は思った以上にレベルが高く、周りに追いつくために必死に勉強しました。おかげで物理を一気に学べて楽しかったですし、力にもなったと思います。

大門 物理の好きなところは、覚えるべきものが少ないことです。僕は日本地図もあまり覚えていないくらい暗記が苦手で。。物理は基本原理に従って現象が起きているので、物理法則を2,3個知っていれば、あとは論理ですべてを説明できる。そこが大きな魅力です。

紅林 私もそう思います。物理は万物の理論。突き詰めれば一つの式で宇宙から原子まで説明できる、その構造がきれいでカッコイイ。

大門 公式を見たときにそれをそのまま受け入れられる人もいますが、紅林さんのようになぜその式になるのか気になって、なんで?どうして?と掘り下げていける人は理学向きだと思います。

成功するには運が必要?!

―研究で大変だと感じることはありましたか。

紅林 スピントロニクスやトポロジカルは、今非常に注目されている分野のため、競争相手がとても多いんです。本当はもっと突き詰めたいのに、他の研究者が結果を出す前に、とりあえず論文にして発表しなければならないこともあります。世界と競争をしながら研究を進めていかなければならないところは葛藤を感じています。

大門 僕は成功するかしないかは運で決まってしまうところだと思います。それぞれが取り組んでいるテーマはどれも面白い。でも追っている現象が、理論や実験で証明できるかどうかは運次第です。様々なことに挑戦していくなかで現れるチャンスを、いかに逃さずに見つけられるかが重要だと感じます。逆に一度その運をつかめば、どんどん次のテーマにつながっていくので、それを見つけることもまたやりがいだと思います。

紅林 運というよりも、齊藤研では発見のきっかけを逃さないようなトレーニングがきっとできているんだよね。

大門 チャンスがあったときに、それを必ずつかむ能力は鍛えられると思います。1つの物理現象に対して、なぜそれが起こるのかという仮説はたくさんあります。これらの仮説を1つに絞り込んでいくために、ただやみくもに実験を重ねるのではなく、効率よく証明できる実験を組み立てることも重要な力です。アイディアによって一気に実験がきれいにまとまり、説得力が生まれるので、実験はかなり計画を練ってから始めますね。

知識が増えるほどに思い知る先生のすごさ

―お二人は博士課程に進む前に、進学か就職かで迷ったりしましたか。

紅林 特に迷いはなかったです。漠然と研究者になりたいと思ってはいたので、はじめから博士課程まで進むつもりで大学院に進学しました。

大門 僕は悩みました。研究職は将来が不安定という点が一番引っかかっていたので。修士の時には企業のインターンにも参加しましたが、実際に行ってみると自分には合わないと感じました。企業はやることがルーチンで決まっているし、組織の目的のために働くことが求められます。それよりも誰もやったことがないことを自分で発見して、その楽しみを味わうほうが自分には向いている。そう思って博士課程に進むことを決意しました。

―博士課程に進んでから大きく変化したことはありますか。

紅林 大きく変わったと思ったのは、学会に参加したときに受け取れる情報量が多くなったことです。修士までは講演の内容を理解するのに精一杯で、言っていることがわからないこともしばしばありました。今では話を聞くと、そこからたくさんのアイディアが浮かびます。研究者としての知識やスキルが年々身についてきていると感じています。

大門 修士のときはスピントロニクスの分野も十分に理解できていませんでしたし、実験も先生からアイディアを頂いて指導を受けながら進めるので、学部の延長のような感じでした。博士課程になってからはアイディア出しから実験の設計まである程度自分でやってから先生と議論するので、独立して研究を行うようなったことが大きな変化です。

紅林 指導教員との関係も、学生と先生というより共同研究者として接してもらえるようになったという印象です。でも先生はいつまでもすごいですね。自分が1週間ぐらい悶々と悩んでいた計算が、先生に相談すると5分くらいで片付いて、時間を無駄にしたのかな、、ということもしばしばありました。

大門 逆に僕は先生が5分くらいで言っていたことを理解するのに1週間がかかったことがあります。ものすごい勉強をしてようやく、ああ、こういうことをいっていたのかと分かる。本当に幅広い分野を理解されていることを実感します。

恵まれた研究環境を存分に活かして

―金研ならではの研究環境や、研究生活に求められることを教えてください。

大門 他の部局や大学と比べて教員の数が多く、学生の数も少ないので、1対1で手厚く指導してもらえるのは金研ならではだと思います。金研で研究を進めるのに必要だと感じるのは、熱意や積極性です。自分のやりたいテーマが明確でなくとも、実際にやってみてから興味を持つこともあります。好奇心旺盛な人は金研に向いていると思います。言われたことだけをやりたい人には厳しい環境かもしれません。

紅林 自分の分野に限っていえば、金研にはスピントロニクスの研究室が多く、すぐ近くにトップレベルの研究をされている先生が集まっていて、一体感があり、研究がやりやすかったです。

大門 僕の研究室と紅林さんの研究室は特に交流があって、実験で理論的に説明できない結果が出ると、何かいいアイディアがないか相談しにも行きました。

紅林 相談から共同研究が始まることもあり、お互いにとってプラスになっています。あとはスピン関係のセミナーや国際会議が多く開催されるので、海外に行かずとも国際的に有名な研究者の講演が聴けます。階段を降りるだけで世界の動向を知れる環境は本当に恵まれていますよね。そういった面でも金研の研究環境は、研究で一旗あげたい人、自分を試したい人にとっては最適だと思います。ただ研究機関なので、学生でも研究者として扱われますし、研究中心の生活になります。ゆっくり勉強したいという人にはあまりお勧めできないかもしれません。

―最後にこれからの抱負をお願いします。

紅林 あの人に頼むと何でも返ってくるよね、といわれるような、あらゆる分野に精通した理論家になりたいです。様々なテーマに取り組み、深く掘り下げていきながら、自分のフィールドを広げていきたいと思います。

大門 僕は来年から大学の教員として着任するので、学生のいいところを伸ばしてあげられるような指導ができるよう頑張りたいと思います。今は自信がありませんが、、教育指導も研究を重ねて成果をだしていきたいです。

ーどうも有難うございました。お二人の今後の活躍を期待しています!