SPECIAL INTERVIEW
ネオジム発明者 佐川 眞人 博士/金属材料研究所教授 梅津 理恵

佐川眞人の研究における本多イズム

金属材料研究所(金研)は、2026年に創立110周年を迎えました。金研創立者である本多光太郎博士がKS磁石鋼を発明したのは、金研の創立と同じ1916年。日本の磁性材料研究の歴史も110年の節目を迎えます。

この記念すべき年にあたり、学生時代を金研で過ごした後に世界最強のネオジム磁石を発明された佐川眞人博士へのインタビューを行いました。

現在、金研で磁性材料の研究に取り組む梅津理恵教授が、「佐川先生の研究における本多イズム」をテーマに、佐川博士の研究哲学とその歩みに迫ります。

研究者としての原点を育む場 ―金研での学生生活を振り返る

ー初めに佐川さんの学生時代についてお伺いします。

梅津 修士課程は神戸大学に在籍されていたのですね。どのような研究をされていたのですか?

佐川 低速電子回折(LEED)を用いた結晶成長の初期層の研究に取り組みました。もともと材料や物理の研究に強い関心があり、学部は電気工学科に在籍していたのですが、修士課程では材料系の研究室に所属して修士論文をまとめました。

梅津 なぜ神戸大学から金研に進まれたのでしょうか?

佐川 当時、神戸大学は修士課程までしかなく、材料の研究をさらに深めたいと思っていたところ、金研の下平研究室で助手の公募があり、応募したのですが採用には至りませんでした。その際、下平から「材料研究に興味があるのなら博士課程に進んではどうか」と勧めていただき、それをきっかけに博士課程の試験を受け、下平研究室に進学しました。

梅津 下平研というと金属の腐食が専門ですよね。どのような研究をされていたのですか?

佐川 下平研では腐食や応力腐食割れをテーマに、修士でのLEED研究を発展させて腐食初期を調べる研究に取り組みました。試行錯誤の末、博士課程では「金属表面被膜のエピタキシャル歪み」にテーマを絞り、4年かけて工学博士を取得しました。

梅津 私も博士課程でテーマを変えた経験がありますが、最初から自分で考えるのは本当に難しいことです。博士課程時代、下平研以外の研究室との関わりはありましたか?

佐川 憧れの先生方の輪講やゼミに積極的に参加し、電子顕微鏡などの精密分析装置の操作を学び、研究に活かしました。強磁場発生装置などの大型実験設備も見学し、実験の幅を広げました。講演や講義にも熱心に参加し、金研の伝統的な研究スタイルを、自然に身につけることができました。

佐川眞人博士

佐川眞人氏。金研には4年間在籍し、その間に研究室の垣根を越えて積極的に装置の技術を学びゼミにも参加することで、自分のレパートリーを最大限に広げるよう努めたという。

「なぜ世の中は鉄に注目しないのか?」 ―ネオジム磁石の礎となった発想

ー学生の時の研究テーマが磁性材料ではなかったのは意外でした。次は就職されてからのお話をお伺いします。

梅津 佐川さんは企業に就職後、磁性材料の研究を始めたと伺っています。

佐川 博士号を取得した後もアカデミアを希望しましたが、受け入れ先が見つからず、下平先生の紹介で富士通株式会社に入社しました。そこで初めて磁性材料の研究に携わり、磁気物理学の基礎から磁性材料の発展史、最新動向まで徹底的に学びました。KS鋼、センダスト、アモルファス磁性材料の研究にも触れ、金研が世界をリードしていることを実感しました。

梅津 卒業後に改めて金研を意識されたのですね。

佐川 入社5年目にはサマリウム・コバルト(SmCo)磁石の研究を任されました。当時最強の磁石で大変研究が盛んだったのですが、あるとき「なぜ世界中が希土類-コバルト(Co)磁石ばかり研究して、希土類-鉄(Fe)磁石を研究しないのか?」と疑問を持ちました。鉄は磁気モーメントが大きく資源も豊富なのに未開拓だったのです。

梅津 まわりが当然のように取り組んでいることに、ふと疑問を感じたんですね。

佐川 ちょうどその頃、東北大学の浜野正昭さんの講演で、「希土類-Fe化合物が実用磁石にならないのは、鉄の原子間の距離が小さすぎるから」との話を聞き、私は「結晶格子に原子半径の小さいボロン(B)や炭素(C)を入れて原子間距離を広げれば、キュリー温度(磁気が失われる温度)が上がって実用的な磁石になるのでは」とひらめいたんです。次の日から希土類-Fe系の合金を作りはじめ、1年ほどかけてNd-Fe-B系合金の中にキュリー温度の高いものがあることを見出しました。

梅津 それはすごい行動力ですね!

佐川 SmCo磁石の研究が目標を達成したのをきっかけに、Nd-Fe-B磁石の研究を次のテーマに提案しましたが、残念ながら却下されました。しかしその後も、Nd-Fe-B磁石の研究を自分の時間を使って続け、次第に、「このテーマを本格的に研究できる環境で研究したい」と思うようになりました。

梅津理恵

梅津理恵教授。ハーフメタルを中心とした磁性材料の研究に携わる。佐川氏とは学会などを通じて交流がある。

ネオジム磁石の発見 ―基礎研究を後押ししてくれた最高の環境

ーその後、本格的にネオジム磁石の研究に取り組み始めた時のことについてお伺いします。

佐川 富士通を退職し、ネオジム磁石の研究ができる場所を探し始めました。そこで注目したのが住友特殊金属株式会社(現・株式会社プロテリアル)です。住友特殊金属は磁石の会社で、ビジネスとしても非常に重要な分野を担っていました。
最初は手紙を書いてアプローチしてみたのですが、返事がなくて…。すると妻が「電話してみたら?」と言うんです。思い切って電話をかけてみると、なんと社長が出られて。私はこれまで研究してきた新しい磁石の構想について説明しました。すると社長は「会社として大歓迎します」と言ってくださったんです。

梅津 奥様が背中を押してくださったのですね!

佐川 入社後すぐ、2名の研究員とともに、温めていた50種類以上の合金組成案をもとに、100種類以上のNd-Fe-B合金焼結磁石を作製しました。その中に、その後の世界最強磁石「ネオジム磁石」がありました。

梅津 そのデータを見たときのことを、今でも覚えていらっしゃいますか?

佐川 ええ、3人とも飛び上がって喜びましたね。

梅津 できる希土類すべてを使って合金を作ったこと、その基礎物性を徹底的に調べられる環境が企業にあったことが素晴らしいと思います。

佐川 その後、会社は研究員の数を増やし、設備も惜しみなく導入してくれました。単結晶作製装置など最高の装置を整え、若くて優秀な研究者とともにネオジム磁石の研究開発を加速させました。成果が出るたびに特許を出願し、国際会議や論文でも発表しました。最初の特許出願からわずか3年でネオジム磁石は量産が始まりました。

梅津 通常の材料開発のスパンから考えるとすごいスピードですね。

佐川 在籍中は共同研究者とともにネオジム磁石に関する100件以上の特許を出願、論文も多数発表しました。金研の研究者との共同研究も多く行いました。ネオジム磁石は現在、世界で年間20万トン以上生産され、人々の生活を支える最強の磁石になっています。

ネオジム磁石

本多イズムと材料研究 ―発明・事業化・基礎研究の三位一体

ー佐川さんの本多イズムについてお伺いしたいと思います。

梅津 材料研究者として大切にされていること、また材料研究や基礎研究の重要性についてお聞かせください。また佐川さんにとって“本多イズム”とは、どのような精神といえるでしょうか。

佐川 「希土類-Fe磁石は人類のニーズである」という信念から出発し、アイデアの創出、試作、評価を繰り返す中でネオジム磁石の発明に至りました。
新材料開発の研究では成果を出すことが第一ですが、成功後こそ基礎研究の出番が重要です。新材料には必ず課題があり、それを克服するには本質を見極める基礎研究が不可欠です。材料開発・事業化・基礎研究を一体として進める全方位型の研究スタイルこそ、私が思い描く本多イズムです。

梅津 これからの金研や材料研究者に期待することをぜひ教えてください。

佐川 金研には、基礎研究から新材料の芽を見つけ、工業材料へと発展させる正攻法に加え、本多イズムともいうべき材料開発の研究スタイルを大切にしてほしいと思います。研究者の深い思索と鋭い直感から新材料の芽を生み出し、その芽をもとに何百種類もの組成や製造条件を試行錯誤して新材料を見いだす。ネオジム磁石はまさにこの手法で発明しました。今後はAIも活用することで、研究効率は大きく向上すると思います。
そして新材料が生まれてからの基礎研究も非常に重要です。新材料の発展には、その物理と化学を完全に理解しなくてはならないからです。さらにそこからまた新たな科学的知見も生み出されるでしょう。誰も踏み入れていない新天地を切り拓き、たくさんの新たな発見を期待しています。

ー最後に材料研究者を目指す学生へのメッセージをお願いします

佐川 材料科学はこれからまだ何がでてくるかわからない、すばらしい研究分野です。材料科学の新しい謎を見つけて解き明かすのも、まだ知られていない新材料を見つけて世に送り出すのも、若い材料科学者です。その成果が人類社会にもたらす貢献は計り知れません。
本多光太郎先生が創設された金研に、材料研究者をめざして入ってこられたのは大きなチャンスです。このチャンスを生かして、金研で大いに学び、研究してください。そして、金研での勉強と研究の経験を生かして、40歳(佐川さんがネオジムを発明した年齢)を目標に新発見を成し遂げる、あるいは社会の役に立つ新材料の発明を成功させてください。

ーどうもありがとうございました。

佐川眞人博士と梅津理恵教授

佐川眞人氏、梅津教授、取材スタッフと。

研究者略歴

  • 佐川 眞人 博士(NDFEB株式会社 代表取締役社長)
    神戸大学工学部電気工学科、同大学院を経て、1972年博士(工学)(東北大学)。1972-82年富士通株式会社。1982-88年住友特殊金属株式会社。2019年東北大学特別招請プロフェッサー称号授与。現在、自ら設立したNDFEB株式会社(京都市)代表取締役、大同特殊鋼株式会社(愛知県)顧問、名城大学特任教授などを務める。日本国際賞(2012年)、エリザベス女王工学賞(2022年)、欧州発明家賞(非ヨーロッパ諸国部門)European Inventor Award(2024年)など受賞多数。
  • 教授 梅津 理恵(新素材共同研究開発センター)
    奈良女子大学理学部物理学科を経て、2000年博士(工学)(東北大学)。東北大学多元物質科学研究所助教を経て、2010年東北大学金属材料研究所助教、2013年同特任准教授。2016年同准教授、2020年同教授。2019年に第39回猿橋賞を受賞。

インタビュー実施日:2025年9月29日 ※所属およびインタビュー内容は取材当時のものです。