材料探究、世界発信。SPECIAL INTERVIEW
金属物性論研究部門 教授 野村 悠祐、複合機能材料科学研究部門 教授 熊谷 悠

vol.15計算材料学新時代―理論で目指す未踏のマテリアルサイエンス

計算材料学を軸に、新しい物質や現象の発見を目指す金研の研究者、野村教授と熊谷教授。

計算材料学の可能性を広げる金研の研究環境や、理論と実験の融合、そして理論主導で新たな材料を生み出す未来について、2人の研究者に話を聞きました。

電子の複雑な相互作用の解明に挑戦。セラミックスを中心とした新材料探索

ー野村先生は物性物理、熊谷先生は材料工学と分野は異なりますが、どちらも実験ではなく計算機を使う理論・計算を軸に研究を進めています。

野村 私は物性理論の中でも「量子多体系」を主な研究テーマとしています。物質中の原子や電子などのミクロな粒子は量子力学の法則に従って運動します。理論計算では単独の粒子の動きは比較的予測しやすい。しかし現実の物質は「量子多体系」と呼ばれる相互作用するミクロな粒子の集団で構成されており、そのふるまいを厳密に予測するのは困難です。この複雑な現象を理論計算によって解き明かそうとするのが「量子多体問題」で、常識を超える新奇現象の理解に挑戦しています。

熊谷 機能性セラミックスを中心とした新材料探索を行っています。セラミックスは理論計算と相性がよく、高い精度での予測が可能な場合が多い物質です。この理論計算を基に数千~数万件の物質を対象に行い、その結果をAIに学ばせて新材料を探索します。膨大な解析から「良い材料がなぜ良いのか」という規則性を見つけ、科学的発見にもつなげたいと考えています。私の研究では汎用的なプログラムを活用することが多いですが、野村先生は新たなプログラム開発も行っていますね。

教授 野村 悠祐

野村 汎用的なプログラムの場合、一般的な性質を示す物質はある程度精度よく解析できます。一方、電子間の相互作用で絶縁化するモット絶縁体や、通常の物質よりも高い温度で電気抵抗がゼロになる高温超伝導体のように、特異な性質を持つ物質では精度が悪い。近似の精度を上げるためには、新たにプログラム開発を行う必要があります。事例が少ないため難問といわれる分野ですが、説明できない現象をどう説明するかに面白みを感じています。

熊谷 私は理論で予測したことを実験で検証することに関心があります。計算材料学に興味を持ったのも、理論を使えばより効率的に材料探索ができると思ったからです。理論と実験を組み合わせ、社会的に有用な材料を理論主導で提案できる分野と考えています。

野村 私は逆に説明できると物足りないと感じてしまうんです。これまで説明できなかった現象について、予測可能な精度の高いプログラムが開発できたら世界に公開し、他の人たちに使ってもらう。自分は次の課題や興味に進みますが、開発したプログラムが新しい発見や社会に貢献するなら嬉しいですね。

熊谷 計算材料学で重要性が増しているのは、計算データを後処理するプログラミングです。計算後に出てくる大量の生データは、次の計算や機械学習で使える形に整える必要があります。私たちはそうしたプログラム開発に対してもアクティブに取り組んでいます。

理論と実験の融合を支える金研の研究環境とマテリアルサイエンスにおける計算材料学の今

計算プログラム

熊谷 金研の強みの一つは研究室体制が大きいことです。学生の頃から金研を知っていますが、多くの研究者を率いる教授はその分野を第一線で牽引している印象でした。自身が教授として着任してからは運営の大変さも感じていますが、第一線で研究を続けることが金研の教授としての使命だと思っています。

野村 理学系にも金研にゆかりのある著名な研究者が多く、一級の研究をする場所というイメージでした。実験系の研究室が多いのも大きなアドバンテージです。最新の実験情報を共有してもらったり、共同研究をしたり、研究環境はとても恵まれています。今後は熊谷先生と同様、准教授、助教がいる体制を活かし、いい仕事ができるよう努めていきたいです。

熊谷 立地もいいですよね。仙台駅が最寄りで住環境も整っているので、人材を集める際のPRポイントになります。

野村 交通の便が良く、食事の場所にも困らないので国内外のゲストも招きやすいです。一方で、金研に研究拠点を移す場合、家族の都合で移住が難しい人もいます。理論研究はリモートも可能なので、課題はありますが柔軟な働き方を提案したいです。

熊谷 研究設備の面では、金研には物質材料研究に特化したスーパーコンピューティングシステム(スパコン)MASAMUNE-弐があり、自分たちも含め多様な分野の人が活用しているのが特徴です。

野村 物性理論において計算機は一般的なツールです。数式を立て、コンピューターに入力して数値計算します。簡単な計算なら自分のパソコンや研究室の計算機クラスターで済みますが、電子間の相互作用が生み出す現象を高精度に解析しようとするとスパコンが必須です。アルゴリズムの開発、またはその応用のいずれかに特化して研究することが多い中、私は開発と応用の両方に取り組み、複雑な物理現象の理解にMASAMUNE-弐を活用しています。

熊谷 計算材料学の文脈でいうと、計算機はここ数十年で重要なツールとして普及しました。背景には、野村先生が取り組まれている物理学分野が培ってきた理論や計算技術が成熟してきたこと、そして計算機能力の向上です。特に材料開発の場合、例えば多数の物質を網羅的に計算するために大規模な計算が求められるので、計算機のパワー向上は必須でした。両者がそろい始めた2000年代中盤以降、計算材料学分野は指数関数的に成長しています。MASAMUNE-弐が多様な分野で活用されているのはその象徴ともいえます。

境界を越えた連携の時代、理論主導で新たな発見を成し遂げるために

教授 熊谷 悠

熊谷 日本の材料科学は実験系が強く、理論は理学系ほどの地位が得られていないのが残念に思います。さらに懸念しているのは海外の台頭で、計算科学に大型の予算が付く中国や欧米に、日本は差をつけられています。

野村 物性分野の理論計算のプログラムも多くが海外で開発されています。私の研究の一部で使うイタリアのプログラムは計算機の精度が上がってきた1990年代くらいから開発が進み、30年以上改良が続けられています。1からプログラムを作り、日の目を見るまでには10年はかかります。しかし日本は短期プロジェクトが多く、プログラムを作る専門職もほとんどないので基盤技術の蓄積が難しい。国内の計算科学の基盤構築には、長期的なプロジェクトや人材支援が必要です。

熊谷 一方で応用分野では企業との連携が増えています。企業は積極的に計算を取り入れ、高価な計算資源も保有できます。ただ資源だけでは不十分で、それを活用できる人材が不可欠です。我々も共同で計算する以外に、指導しながら実験を検証することもあります。

野村 企業にアカデミアの人材が多く流れているのもそうした背景が影響しています。企業でもアカデミックに近い研究が増え、大学との境界を再考する時代になってきている。海外が積極的に対策を進める中で、日本の計算科学の発展には、大学と企業が連携してコミュニティを形成する仕組みを考える必要があるかもしれません。

熊谷 今後、大学や企業の実験グループとどう連携していくかも鍵になります。例えば、理論予測した物質を実際に作り、予測と実物のずれを機械学習で学ばせるには、実験の人に多くのサンプルを作ってもらう必要があります。サンプル作製には時間や労力がかかるので、双方がWin-Winでなければ継続が難しい。企業だとある程度利益が見通せれば連携は可能かもしれません。また金研の研究者が作る実験試料は精度が非常に高く、コラボレーションできれば実験と理論とのギャップを埋める成果が期待でき、日本の大きな強みになると考えています。

野村 計算機性能や近似精度の向上で、研究のスピードは上がってきましたが、量子多体現象のような極めて特異な物理現象の解明は、数十年単位の取り組みになります。その点でじっくり研究に取り組める金研の研究環境は非常にありがたい。理論的に説明が難しい物質ほど、通常の物質と異なった世界トップレベルの性能を示す可能性があり、だからこそ「説明できない」難解な現象をいかに説明するかが研究の醍醐味です。今後もライフワークとして続けていきたいテーマです。

熊谷 材料探索の方法には、理論に基づくものから、機械学習による理由が明確ではないブラックボックス的な探索まで、多様なアプローチがあります。そこが自分にはとても魅力的で、研究を続けるモチベーションになっています。今後はサイエンスとエンジニアリングの両輪を目指して実験系との連携を強め、社会的に使われる材料を理論主導で見つけたいです。

野村 分野は違えど二人に共通しているのは、理論を基に新しい物質や例外的な発見をしたいという思いです。今までにない突出した性能を持つ物質を理論で予測し、それを実験で実現する。世間を驚かすような発見を、我々は理論から成し遂げていきたいですね。

野村教授と熊谷教授

研究者略歴

  • 教授 野村 悠祐(金属物性論研究部門)
    2015年博士(工学)(東京大学)。2015年エコール・ポリテクニーク博士研究員、2016年東京大学大学院工学系研究科助教、2019年理化学研究所研究員、2022年慶應義塾大学理工学部准教授を経て、2024年より現職。2025年文部科学大臣若手科学者賞受賞。
  • 教授 熊谷 悠(複合機能材料科学研究部門)
    2010年博士(工学)(京都大学)。2010年京都大学特定研究員、2011年日本学術振興会海外特別研究員、2012年東京工業大学特任助教、2016年特任准教授、2018年京都大学大学院工学研究科特定准教授、2019年東京工業大学准教授を経て、2022年より現職。2025年度第22回日本学術振興会賞受賞。

インタビュー 情報企画室広報班(冨松)

※教員の所属およびインタビュー内容は取材当時のものです。