つとめてやむな 金研研究者インタビュー 「努めて止まない」研究者に聞く
金属材料研究所 教授/新知創造学際領域形成推進室 室長 藤田 全基 、東京藝術大学大学院美術研究科文化財保存学専攻 准教授 田中 眞奈子

vol.14量子ビームで進化する文化財分析

文化財は貴重なものだから、その分析に際しては基本的に非破壊で行うのが望ましい。けれども精緻な分析を行うためには、たとえどこかを少し壊してでも、可能な限り詳細に観察したい。この相矛盾する要件を両立させるのが量子ビームによる科学分析です。

文化財研究の立場としては、分析によって何をどのように解明したいのか。その要望に対して金研、そして発足したばかりのIKH新知創造学際ハブはどのように応えようとしているのか。今後の期待も込めて文理2人の研究者が語り合いました。

先端技術が見せる新たな世界 非破壊分析の可能性

ーはじめに文化財分析の目的を教えてください。

田中 目的は大きく2つあります。第1は文化財の原料や材料特性、製造方法、産地や年代など、学問上必要な自然科学的知見を得ることです。第2は保存修復に役立つデータの取得で、得られたデータを基に文化財の劣化について原因を究明し保存修復方法などを考えます。金属文化財の場合、それらの目的を達成するために断片の金属組織観察や炭素量測定などの破壊分析が従来行われてきました。

   私の大学院の恩師の北田正弘先生は、最先端の分析技術や機器を積極的に取り入れて文化財を研究されており、学生にもさまざまな機会をくださったのですが、先生が東北大出身だったご縁で、金研で高分解能の電子顕微鏡を使わせて頂いたときの経験は今でも記憶に残っています。分析機器によってここまで見え方が変わるのだと知り、EBSP(後方散乱電子回析像)やTEM(透過電子顕微鏡)も研究に用いるようになりました。更にその後量子ビーム技術と出会い、非破壊分析技術の文化財研究への応用に取り組みはじめました。分析対象が貴重な文化財ですから、非破壊が望ましいのはいうまでもありません。

田中准教授

藤田 たしかに量子ビームは、放射光や中性子線、ミュオンなどの高エネルギー粒子を利用し非破壊で「ものを見る」技術です。オングストロームレベルの原子から手に取る大きさまで適応可能で、透過力が強い中性子線なら、物質内部のイメージングや元素分析にも活用できます。

田中 放射光は高輝度・高エネルギーであるのが特徴です。大型放射光施設(SPring-8)では非破壊・高感度のX線分析が可能で、放射光X線マイクロビームにより非常に微小な領域まで高分解能で観察できます。一方、中性子線は透過力が高く、また物質の相互作用もX線とは異なります。分析技術の進歩に伴い、次々と新たな知見を得ることができるようになってきています。

文化財に適した解析手法の開発と人材育成が不可欠

藤田 ただし単純に解析精度が上がればよい、という話でもないですね。最新の技術を使う際には、それなりのリスクもあるのではないでしょうか。

田中 文化財分析の際に、何より求められるのが安全性です。例えば一般的な光学的調査においても、紫外線は長時間当てると褪色のリスクがあり、赤外線は物質を温める作用があるので、分析対象に影響を与える可能性を考慮する必要があります。量子ビームにおいても安全性の確認が最も重要です。

藤田 中性子線を照射した場合などは放射化の問題もあります。そもそも装置開発の際には文化財解析を目的としていないため、開発した装置をそのまま文化財に適用できるかどうかは一考する必要があります。

田中 文化財分析では、原料や製造方法が不明なものや、経年劣化したものなど難条件が揃っていますから、より慎重になる必要があります。その意味で、試料の状態をよく確認したうえで適切な分析法を選択するとともに、予備実験を実施することも重要です。

藤田 装置作成の目的は基本的に原子レベルでの観察や、材料の構造解析などです。ビームサイズがミクロな原子の観察用にセットされていることが多いのに対して、文化財ではもっと大きなサイズが対象となりますね。文化財分析の精度を高めるためには、その観測の特殊性から、研究者と密にコミュニケーションを取り信頼関係を築いていく必要があると感じています。

藤田教授

田中 文化財科学は、文系と理系の中間に位置する学問領域ですから、今後は文理融合研究を担える人材の育成も課題と感じています。異分野共同研究の醍醐味は、想定通りにいかないことでしょうか。通常とは異なる視点から検証することで意外な発見につながる、その可能性と面白さを次世代を担う研究者の皆さんにも伝えたいです。例えばSPring-8で複数の日本刀を体系的に分析するなかで、その内部構造などで予想を覆す結果を得られました。放射光などを活用することで、まさに「文化財と会話できる」と実感しています。

藤田 放射光なら金研でも手軽に扱えて、多くの使い道があります。将来的には一般の方が「家にこんな由緒正しそうなものがあるんだけど調べてもらえるかな」と気軽に持ってこられるようにしたい。最先端の解析だけでなく、地域や時代を幅広くつなぐ分析も視野に入れています。

田中 文化財は過去から引き継いだ貴重な財産ですから、未来へと引き継いでいく責任があります。現時点で何らかのリスクがある場合には、分析や修復をあえて行わないのが原則で、それらの実施は技術が発展しているはずの未来に委ねればよいのです。

藤田 文化財解析をはじめとして文理融合による研究を進めていくためにも、学際ハブとしてのポジションをできる限り早く確立したいと思います。

田中 IKH新知創造学際ハブは、東北大学の理系がイニシアティブを取っている点が画期的だと思います。ここを拠点として文系、理系の壁を乗り越えて文化財の研究連携が広がり、多くのイノベーティブな研究が生まれることを期待しています。

藤田教授と田中准教授

 

研究者略歴

  • 教授 藤田 全基(金属材料研究所 教授/新知創造学際領域形成推進室 室長)
    1998年博士(理学)(神戸大学)。2014年より東北大学金属材料研究所量子ビーム金属物理学研究部門教授。量子ビームによるスピン構造物性の解明を専門とし、茨城県東海村の大型研究施設に金研が設置した中性子測定装置を管理・運営する。
  • 田中 眞奈子(東京藝術大学 大学院美術研究科 文化財保存学専攻 准教授)
    2011年東京藝術大学大学院美術研究科文化財保存学専攻(保存科学)博士後期課程修了、博士学位(文化財)取得。金属文化財や顔料の材料科学的研究、放射光・中性子・ミュオンなどの量子ビームを用いた文化財の非破壊分析、近現代アートの保存についての学際的研究に取り組む。特定放射光ユーザー協同体(SpRUC)文化財研究会代表。

インタビュー 竹林篤実

※教員の所属およびインタビュー内容は取材当時のものです。