「材料」という観点で理学と工学が融合。磁性材料の分野で際立つ金研の研究力。
ーはじめに金研の磁性材料研究というと、どのような特徴や感じるところがありますでしょうか
梅津 100年を超える金研の歴史を振り返ると、磁性材料に関する研究の強さは際立っていると思います。金研の初代所長である本多光太郎先生の磁石材料に始まり、その後のアモルファス合金や磁性薄膜、磁歪材料の研究も含め、磁性材料の分野で、金研は世界をリードしてきたと言えるのではないでしょうか。
関 教員になってから感じたのは『教科書に載る仕事をする』ということのすごさです。その点で、金研で展開されてきた磁性材料研究は確かにすごい。そこに連なる者の一人として、プレッシャーを感じることがあります。
梅津 国際会議などに行った際にも、金研の知名度の高さを感じますし、文献にあたった時、金研の先生方が過去にこんな研究もやっていたんだと気付くこともあります。プレッシャーと同時に、そうした歴史を引き継いでいかなければならないという強い使命感もありますね。
関 金研の一員として感じるのは、理学系と工学系の研究者が共にいることの面白さです。両者が「材料」という観点でつながり、違う色を持った先生方とコラボレーションできることが、金研ではとても有効に働いていると思います。
梅津 私は物理を学んだ後、博士課程から工学の世界に足を踏み入れました。ものが出来上がった後に物性を測ることが中心である物理に対し、工学の関心はやはりものづくり。材料が完成するまでのプロセスが重視される工学的知識とともに、物性を測り性質を議論するという理学的視点の双方を学んだことは私自身の強みです。それと同様、理学と工学の研究者が共にいることは、金研にとって大きなアドバンテージとなっているのではないでしょうか。
基礎物性の解明からデバイスの開発まで。研究対象が違うからこそできるコラボレーション。
ー続いて研究内容についてお伺いします。お二方とも磁性材料の研究をされていますが、研究対象や目的が異なっています。
梅津 磁気機能性材料の基礎物性という私の関心事に対し、関先生は、デバイスやスピントロニクスなど、私から見ると出口に近いところを研究対象とされていますね。
関 エレクトロニクス材料として役立つものを作る。そして、エネルギーを作り出すような材料を磁性材料で作るという2つの目標を持って研究を進めています。エレクトロニクス材料の方は、「スピン軌道相互作用*1 」をキーワードに、ナノサイズの磁石の方向を精密に制御することで、情報記録の精度を上げ、情報を書き込む際の消費エネルギーを低減することのできるエレクトロニクスデバイスの開発に取り組んでいます。エネルギー材料の方では、温度勾配があると電気が流れる、熱流と電流を変換する磁性材料に注目し、その効率をどのように向上させるかという研究を行っています。この研究では「異常ネルンスト効果*2 」に注目し研究を進めているところです。
梅津 私が特に関心を持っているのは、磁場を感じると電気抵抗が変わったり、磁場をかけると歪んだり、結晶構造が変わってしまう、「磁気付随現象」と呼ばれるものです。それに加えてハーフメタルです。ハーフメタルは100%のスピン分極率*3という特異な電子状態を持つ磁性体です。理論で予測されている特異な状態を本当に有しているのかを基礎的な観点で調べています。ハーフメタル磁性体の中でも私はホイスラー合金を中心に研究していて、この数年は大型放射光施設(SPring-8)*4で電子状態を直接観測してきました。今後はこれまでの研究の成果をベースに、引き続き面白そうな物質を提案しては諸物性を調べ、それを制御するためにはどのような物質設計が必要なのか検討を進めていきたいです。
関 梅津先生がバルクを使って研究しているのに対し、私はナノオーダの厚さを持つ薄膜が研究のターゲットであるところが一番の違いです。理想的なものを作りやすい薄膜のメリットを生かしながら、いい材料を生み出した後、いざバルクでとなった時、梅津先生ともコラボレーションできたらと考えているのですが、いかがですか。
梅津 基礎研究をやっている側からすると、私たちの研究成果が、薄膜での応用等につながっていけばいいなと考えていました。今、関先生から、逆のパターンも期待されているとお話があって、新たな気付きでもありました!
関 バルクでは難しくても薄膜ならできるというのは、薄膜研究の一つの面白みでもあります。逆に、例えば中性子回折による構造解析で磁気特性を調べようとすると、感度の観点から十分な体積が必要になるため、薄膜では難しい。熱電の研究でも、薄膜である程度の性能指数が出たら、最終的にはバルクを開発する必要が出てきます。バルクと薄膜それぞれの得意なところで研究を進めながら、すごくいい特性が出た時に、薄膜でもやってみる、バルクでもやってみる、といったバルクと薄膜を両輪としたコラボレーションが、今後はより重要になるように感じます。
(左)梅津教授が扱うバルク(金属結晶のかたまり)の試料(上は試料の元となる合金)、(右)関教授が扱う薄膜の試料
社会実装を視野にさらなる材料探索と基礎物性の解明を目指したい
ー研究の課題や将来展望を教えてください
関 エレクトロニクス材料として磁性材料を使おうとする時、電流を流してスピン流をいかに作るか、エネルギー材料の場合には、温度差から電圧を取り出す変換の効率をいかに上げていくかという課題があります。変換効率の良い材料はいくつか見つかってはきていますが、実際にデバイスに応用しようとすると、他を構成する材料や半導体プロセスとの融合など、まだ多くのハードルがある。また、ナノの世界でのスピンの構造はとても複雑で、それらを整理し理解できて初めて、僕らが思い描くナノレベルでの磁気制御ができると考えて研究に取り組んでいます。エネルギー材料の方も、まだ性能指数が低いので、性能指数を上げていくための材料探索を続けているところです。
梅津 スピントロニクスのキーマテリアルとされるハーフメタルは、これまでは強磁性体がメインの研究対象でした。最近になって反強磁性体がトレンドになり、世界で3つ目となる候補物質を私たちが発見しました。現在はさらに4つ目、5つ目の候補物質を提案し、その電子状態を明らかにしようとしています。また、エネルギー材料として注目されている磁歪材料の電子状態にも興味があります。これらの解析には現在仙台に建設中の次世代放射光施設(NanoTerasu)*5を使うことにも期待していて、さまざまな基礎物性測定と組み合わせてその起源を明らかにしていきたいです。こうした私の基礎的な成果が、結果として、デバイスなどの社会実装につながればいいなと思っています。
関 梅津先生は非常に良い単結晶を創る高度な技術をお持ちで、とても丁寧なお仕事をされています。新たな候補物質の探索には良質なサンプルから得られた材料特性のライブラリが不可欠です。電子状態から磁気特性、電気特性、さらに磁歪などをひと揃いのデータセットとして世の中にコンスタントに出していただけたら、マテリアルDXの流れにも大きく貢献することができるのではないでしょうか。我々も得られたデータを大いに活用して、面白い特性を持つ磁性薄膜材料の作製につなげていけることを期待しています。
研究をしたいならぜひ金研へ!歴史の蓄積を感じる充実した環境で存分に実験を。
ー最後に高校生や学部生へのメッセージをお願いします
梅津 金研は自分の好きなように実験ができる場所です。こうした環境は決して多くありません。おそらく学生1人当たりが使える装置、試料、教員、測定できる材料特性の種類、、何をとってもいいことだらけです。実験をたくさんしたかったらぜひ金研に来てください!
関 理学部と工学部、もっと分けると物理、化学、量子エネルギー工学、応用物理、材料、環境科学の学生が共生している金研は、多様性を早くから体現してきた研究所だと私は思います。視点の違う学生間で交流を持てることは学生さんにとって大きな刺激になる、それが金研で学生生活を送ることの大きな魅力です。
梅津 学部の材料系の場合は特に、金研を知ったことがきっかけで、東北大で材料の研究をしようと入学した学生が全国から集まっています。歴代の研究者が培ってきた金研のすごみをここでも感じますね。実際、東北大は全国でも入学後の満足度の高い大学として支持を得ていますし、卒業後も活躍している方が多い。それはひとえに、充実した研究環境と教育がしっかりしているからだと思います。ぜひ東北大、そして金研で学んでいただきたいですね。
ーどうもありがとうございました!
金研1号館ロビーのKS磁石鋼前で