加工プロセス工学研究部門は金属材料の加工プロセスで生じる組織変化と材料特性との関係を明らかにすることで、新材料の創製と実用化を目指す研究室です。
伝統的手法から3Dプリンタを取り入れた最先端加工技術の開発まで、幅広い加工プロセスを対象に研究に取り組んでいます。
今回は本部門の山中准教授に、具体的な研究内容やその魅力、将来の目標について話を聞きました。
加工プロセス工学研究部門は金属材料の加工プロセスで生じる組織変化と材料特性との関係を明らかにすることで、新材料の創製と実用化を目指す研究室です。
伝統的手法から3Dプリンタを取り入れた最先端加工技術の開発まで、幅広い加工プロセスを対象に研究に取り組んでいます。
今回は本部門の山中准教授に、具体的な研究内容やその魅力、将来の目標について話を聞きました。
ーはじめに部門名にもある加工プロセスとはどういったものなのでしょうか
例えば塑性加工は部材を大きな力で変形させる方法です。日本刀をつくる鍛造もこの加工法の1種で、金属の加工法の中でも最も古くからある技術です。その他に、液体の金属を型に流し込む鋳造、金属粉末を焼結する粉末冶金などさまざまな方法があります。
近年は金属3Dプリンタによる最先端加工技術も注目を浴びています。私たちの研究室では、これらの幅広い加工プロセスを対象に、求められる形と優れた特性を両立させる構造材料の開発を目指して研究を行っています。
ー丈夫であるだけでなく、その他の特徴や精巧な形も両立しなければならないのですね
強度を追究するのはもちろん、強度と延性(引っ張った時に破壊せずに変形する能力)のようにトレードオフの関係にある特性の両立を、加工プロセスによって実現するのが私たちの研究の基本です。そのひとつとして、加工が困難な金属系生体材料の研究にも取り組んできました。例えばCo‒Cr‒Mo合金は、現在の研究室の前身の時から10年以上にわたり開発に取り組んでいます。
ーどういった特徴のある合金なのでしょうか
Co‒Cr‒Mo合金は耐摩耗性・耐食性が高く人工関節に適した材料です。しかし金属アレルギーの原因となるニッケルが、加工性を改善する添加元素として、あるいは不純物として含まれているため、生体への安全性に課題がありました。
そこで製造プロセスの研究開発によって、ニッケル含有量が極めて少なく人体に安全なCo‒Cr‒Mo合金の製造技術を確立し、国や自治体の支援を受けて実用化に成功しました*1。骨との結合性・親和性は、同じく生体材料に使用されるチタン合金に比べ課題がありましたが、塑性加工や微量の添加元素によって向上することも示しています。
ー開発されたCo‒Cr‒Mo合金は「COBARION(コバリオン)」として商標登録されています
強度に加え、体に入れた際の安全性が何より求められる生体材料の場合、組成を大きく変えると、新たに薬事承認などが必要となり、実用化まで多くの時間が必要です。組成は変えず、加工プロセスを変えるだけで強度や特性を向上させることができないか。種々の加工プロセスを研究することで、特性を最大限に引き出す最適解を求めるのが当室の目標です。
我々は現在、生体材料の分野と親和性の高い積層造形法(Additive Manufacturing:AM)についても研究を進め、材料開発や装置開発に力を入れています。
ー3Dプリンタを用いて材料を積層する最新の技術ですね
AMは医療機器のほか、航空宇宙、自動車製造などを中心に実用化が進みつつあります。研究室では、2010年に金属3Dプリンタの一種、電子ビーム積層造形(EBM)を全国の大学に先駆け導入しました。EBMは電子ビームによって金属粉末を選択的に溶融・凝固し、その層の積み重ねで3次元構造を造形する技術で、金型を必要とせずにメッシュ加工など複雑な形状にも対応できるのが大きな特徴です。
ー研究室には3D金属プリンタで造形された、非常に複雑な形のサンプルがたくさんあります
金属3Dプリンタには、当室が研究している電子ビーム方式のほか、広く普及しているレーザー方式があります。電子ビーム方式はレーザーに比べ歪みや亀裂が少なく、エンジン部品に用いられる耐熱合金の製造にも電子ビームのほうが向いています。チタンやタングステンのように融点が高い金属も造形できます。
一方、真空チャンバーや高度な電子ビーム技術が必要なため、研究開発しにくいという難点がありました。そのため研究を始めた当時、EBM装置を製造している企業は世界でも一社のみ、またその装置にも課題が多くありました。
ーその後の高精度な国産EBM装置の開発には、山中准教授の学生時代からの恩師でもある千葉晶彦教授が中心となって進められました
千葉先生の功績は大変大きく、2023年3月まで10年間に渡り取り組んだ装置開発プロジェクトでは民間企業との共同研究により国産のEBM装置が実用化し、国内外のAMの進展に貢献されました。飛行機や生体材料に使われる金属は、そもそも加工に向かない硬い材料です。その上、複雑かつ高精度な形状が求められるため、既存の加工プロセスではいくつにもパーツを分けたり、実現不可能な形もあったりしました。
金属3Dプリンタでは設計図さえあれば、高精度な材料が製品に近い形で作れます。コスト面にはまだ課題がありますが、EBMという加工技術の登場は、これまで創れなかったものが創れるようになる日本の新たなものづくり技術として進展するでしょう。
EBM装置によりつくられたサンプル。加工の難しい金属材料の複雑な造形から、生体材料であれば個々の患者に適したサイズに造形が可能となる。
ー従来の加工技術と全く異なるAMの登場によって、研究分野にも大きな変化があったのでしょうか
金属粉末の溶融・凝固の過程や得られた造形体を、シミュレーションや放射光・中性子などの先端的な解析技術によって詳細に調べることで、これまでの伝統的な加工プロセスでは不可能であった材料開発ができるようになってきました。当室では機械学習を取り入れた条件最適化にも取り組み、高度な組織制御の実現を目指しています。造形プロセスをモニタリングし、温度や欠陥形成の基礎データを蓄積することで、より精度の高い材料設計やDX化が可能になります。
ー新しい技術は新たな学理の追求にも貢献しているのですね
またAMには、プラスチックと金属、鉄鋼材料とアルミ合金のように異なる材料を一体に成形するマルチマテリアルの分野でも大きな可能性があります。マルチマテリアルは自動車や航空機などの軽量化手段として注目されていますが、現段階ではその設計手法はまだ確立されていません。
私たちはEBMだけでなく、レーザー方式やコールドスプレーなど多様なAM技術を取り入れながらマルチマテリアルの実現に挑戦しています。一体成形すれば部品の数も製造工程も大幅に減らすことができます。それによるCO2削減や省資源化といった社会的な課題の解決にも、AMは大きく貢献するはずです。
ーAMの普及によって社会システムも大きく変わるような気がします。
粉末原料を供給する新たな産業の創出、Well-beingの実現を可能にする個人に最適化された製品の提供など、まさにAMによる科学イノベーションが起きるかもしれません。
AMの普及には課題が多くありますが、原料から造形までの工程、特性の評価、さらに実用化に至る一連の流れを理解している我々だからこそ、提案できることがあると強く感じています。千葉教授が世界をリードし積み上げてきたEBM研究を、今後いかにつなげて発展させていくか。多くの企業や大学、意欲ある学生たちとも協力しながらEBMの可能性に幅広くトライしていきたいです。
ー今後の展望を教えてください
全く新しい材料を創造し、金属材料研究所発という材料を世の中に出していきたいです。特に我々の分野は、研究成果を産業界に役立てるべきだという使命を感じています。
私は修士課程を修了した後、一度企業に就職しました。そこではラボレベルの試験片で得た最適な条件が、スケールアップすると全く役に立たないといった経験もしてきました。その経験から、研究成果を産業界に役立てるためには、アカデミアの立場から基礎的な裏付けを持ち、ものづくりの指標を提案できる材料研究者になりたいと強く思っています。
―最後に材料研究に興味がある高校生や学部生へのメッセージをお願いします
金研は所内外の研究者と研究ができる仕組みや設備が整っている共同利用共同研究施設でもあります。そのため所内外のネットワークが大変充実しているのが大きな特徴です。材料研究を核にしたアカデミア・産業界とのつながりを活かし、学生でも実用化に向けた産学とのコラボレーションが可能なのは、金研だからこそできる取り組みです。ものづくりに興味がある、研究を通して産業界への貢献を目指したい皆さん、ぜひ一緒にいい材料をつくっていきましょう。
―どうもありがとうございました。
国産初のEBM装置の前で
2023年12月インタビュー 情報企画室広報班(冨松)
※教員の所属およびインタビュー内容は取材当時のものです。