金属組織制御学研究部門は鉄鋼を中心とした構造用金属材料の研究を行う研究室です。構造材料はビルや橋などの大型構造物や車両・船舶の骨格などを指し、安全安心な社会インフラを支えています。
古くから材料の「強さ」が研究の焦点となる分野ですが、昨今の持続可能な社会では、それに加えて脱炭素化、省元素化も求められ、さらには鉄鋼の製造プロセスに至るまで大きな変革を迫られています。
今回は本部門の古原教授、宮本准教授に現在の研究や将来展望について話を聞きました。
金属組織制御学研究部門は鉄鋼を中心とした構造用金属材料の研究を行う研究室です。構造材料はビルや橋などの大型構造物や車両・船舶の骨格などを指し、安全安心な社会インフラを支えています。
古くから材料の「強さ」が研究の焦点となる分野ですが、昨今の持続可能な社会では、それに加えて脱炭素化、省元素化も求められ、さらには鉄鋼の製造プロセスに至るまで大きな変革を迫られています。
今回は本部門の古原教授、宮本准教授に現在の研究や将来展望について話を聞きました。
ー古原研では構造用金属材料、特に鉄鋼材料の研究を中心に取り組んでいます
古原 構造材料研究は安全安心な社会インフラを支える分野であり、その中でも鉄鋼材料が日本の経済力や国際的な競争力を支えてきたのは間違いありません。鉄は地球上に最も多く存在し、かつ精錬のしやすさから構造材料として幅広く活用され続けています。金研でも創立当初から研究されている伝統的な分野ですが、合金となる際にみられる鉄の構造変化はまだまだ未知の領域です。だからこそ研究のしがいがあり、私自身も長く鉄鋼材料研究に取り組んでいますがその魅力はつきません。
ー鉄にはどのような性質や魅力があるのでしょうか
古原 鉄は基本的には原子が規則的に並んだ結晶です。そこに炭素や窒素などの元素を添加すると、元素間の複雑な相互作用により多彩な微細組織が生まれます。こうした組織の複雑さが合金の特性につながります。この多様な構造変化とその結果生まれる幅広い材料特性が、鉄の魅力です。そしてより優れた特性を持つ鉄鋼材料を開発するには、特性を支配する微細組織を適切に制御することが必要不可欠なのです。
ー構造材料というと、とにかく頑丈であるものがいいというイメージが湧きます
古原 鉄鋼材料に求められる頑丈さ、すなわち「強さ」は一筋縄ではありません。力がかかっても形を維持できる「硬さ」と、力に対して破断せずに変形する「粘り強さ」(延性や靭性)の両立が構造材料のあるべき姿ですが、両特性はトレードオフの関係にあります。さらには表面だけを硬く、内部は高靭性にする傾斜機能が求められる材料もあります。そうした複雑な特性を実現するため、古原研究室では微細組織制御を現象と学理の両面から探究しています。
ー微細組織はどのように観察するのでしょうか。顕微鏡のようなものを使うのですか?
古原 研究室発足当初は電子顕微鏡が主力装置でしたが、元素添加による組織構造の詳細な変化を追うには限界がありました。2011年に文部科学省の戦略的創造研究推進事業(CREST)*1などに参画したのをきっかけに、微細な組織変化を捉えられる環境が整い、研究が格段に進展しました。
宮本 微細組織の詳細な解析にはこの3次元アトムプローブを使用します。この装置を使うと、金属材料中のひとつひとつの原子の3次元的な位置だけでなく、その原子の種類までわかります。組織構造がナノレベルで理解できるようになったことで、その後の材料研究にも大きな飛躍をもたらしました。
ー宮本先生は古原研究室が発足した翌年に助教として着任され、2020年には創発研究者*2にも採択されています。
宮本 私が取り組む研究課題の一つに「耐疲労表面硬化材料プロジェクト*3」があります。この研究の背景には、電気自動車(EV)をはじめとする次世代自動車の普及が大きく関わっています。EV化に際しては、モーターの小型化と軽量化が課題です。モーターを小型化するとトルクが小さくなるため、高速回転させることで出力を維持します。そこで問題になるのが、モーターにかませるギアの耐久性で、数倍の長寿命化が必要といわれます。またエンジン音のない静かなEVでは、これまで気にならなかったギアノイズの低減も課題です。ノイズの原因になるギアの歪みは、現在の加工方法では避けられません。
ーより強度を高くしつつ、かつ歪みを小さくする硬化処理が必要なのですね
宮本 ギアの表面硬化処理は、炭素を熱処理によって表面に侵入させます。硬化層が深いため衝撃に強いのが特徴ですが、800度以上の熱処理が必要なことから歪みが大きくなるのがデメリットです。これを解決するため、表面硬化処理を炭素から窒素に置き換えるための研究を進めています。
窒素による硬化処理は歪みが小さく、耐摩耗性、耐食性に優れています。一方、炭素に比べ硬化層が薄いため、高強度かつ歪みのないギアを効率的に作るべく、添加元素と加工プロセスの最適条件を示す高精度な予測モデルを確立することが一つの目標です。そのために当室の研究装置と併せて、次世代放射光施設NanoTerasu(ナノテラス)*4や大強度陽子加速器施設J-PARC*5を始めとする大型研究施設や計算科学ともタッグを組み、次世代自動車の普及に貢献していきたいです。
古原研にある実験装置の一つ、アトムプローブ。金属材料中の原子の3次元的な位置と種類が詳細に解析できる
古原 カーボンニュートラルなど国際情勢の急激な変化によって、これまで日本のものづくりを支えてきた製鉄業は大きな変化を迫られています。革新的な技術発展のためにも、学術基盤の飛躍的進展が望まれています。
ー具体的にどのような課題や変化が求められているのでしょうか
古原 鉄鋼の原料となる鉄鉱石や石炭は100%海外から輸入され、さらに鋼に還元する際に大量の二酸化炭素を排出します。これは持続可能な社会を目指す日本にとって大きな課題です。いかに省資源で高性能な構造材料を作るかが今後の材料研究に求められており、大学や研究所、そして業界が一体となったオールジャパンで取り組むべき課題です。
宮本 例えば、現在の鉄鋼材料研究は、国内の高炉で作られる純度の高い鋼をもとに研究が進められていますが、今後はカーボンニュートラルに準じた新しい技術で得られた鉄を基準とする必要があります。最も有力なのがリサイクル原料由来の鉄スクラップです。高炉で得られる鋼に比べ、どうしても不純物が多くなるので、それらを組織制御によってどう解決していくかが課題です。
ー脱炭素社会への移行が加速する今だからこそ注目度の高いテーマですね
宮本 実は20年以上前から関連学協会でも議論してきたテーマですが、今まさにその重要度は増しています。不純物は結晶の間にたまるため、ナノレベルの解析が不可欠。私たちの果たす役割は大きく、今後より一層研究を進展させたいと思います。
ー最後に材料研究に興味のある高校生や学部生へメッセージをお願いします
古原 金属材料の代表格である鉄鋼材料は、古く成熟した産業と思われがちです。しかし、世界の鉄鋼材料の生産量は90年代と比較して2倍以上増加し、今でもダイナミックに成長を続けています。優れた新たな材料の開発がより一層求められているのです。私たちは実験・理論の両面から微細組織の形成過程を解明するとともに、加工熱処理や添加元素を最適化し微細組織を制御することで、優れた特性を持つ構造用金属材料の開発を目指しています。多彩で奥の深い金属学を学び、次世代の「錬金術師」を目指す学生を歓迎しています。
宮本 もともと材料研究が盛んな東北大学には、特色ある設備が共有されていますので、学生でも先端の研究ができる環境です。さらに理学と工学が共存する金研では、いろんな分野の人と協力して、双方の知識と技術を活かした深い研究に取り組めます。充実した装置群と、より高度な研究に取り組むための技術や人材、その両方が揃っているのが金研の魅力です。海外に行く機会も多いですし、高度なこと、グローバルな経験を積みたい学生にはよりよい環境だと思います。
―どうもありがとうございました。
2022年12月インタビュー 情報企画室広報班(冨松)
※教員の所属およびインタビュー内容は取材当時のものです。