つとめてやむな 金研研究者インタビュー 「努めて止まない」研究者に聞く
複合機能材料学研究部門 教授 熊谷 悠

vol.10理論と実験の融合を目指して

複合機能材料学研究部門は先進計算技術と情報学の融合による新たなセラミック材料研究に取り組む研究室です。

今回は本部門の熊谷悠教授に、研究テーマやその魅力、金研での目標について話を聞きました。

高性能化する計算機で材料特性を予測する

ー熊谷先生は計算機を使って材料研究をされていると伺いました。まず計算機とはどんなものなのでしょうか?

私たちが研究で使うのはネットワークで接続されたたくさんのコンピュータです。皆さんが使っているパソコンよりも、もっと膨大なデータを高速に処理することができます。これらの高速コンピュータに、物理の式を計算機に解かせることで材料の性質を予測していきます。またより効率の良い計算手法を開発するのも研究の一環です。

近年の計算機性能の発展は目覚ましく、その進化速度は5年で10倍、10年で100倍といわれています。記憶に新しいのはスーパーコンピュータの富岳が計算したウイルス飛散のシミュレーションかもしれません。計算機の高性能化は多くの分野において、より現実に即したシミュレーションを可能にしており、材料研究においても大きく貢献しています。

ー取り組まれてきた研究について教えてください

私はこれまで計算機を使ってセラミック材料の特性を明らかにしてきました。セラミックスは硬くて熱に強い材料で、その役割は建物に使われる構造部品から、半導体やイオン伝導体などの機能性材料まで多岐に亘ります。

今までに力を入れてきたのが、セラミックスの材料で重要な役割を担う「点欠陥」に関する研究です。結晶では、規則的に原子が並んでいますが、その配列が不完全な部分が所々存在します。それが点欠陥です。あるべき原子が欠ける「空孔」や、結晶の隙間に原子が入り込む「格子間原子」など、その種類は多様です。わずか100万個に1個程度の原子配列に点欠陥が生じるだけで、電気の流れやすさや原子の動きやすさが変化し、材料としての性質は大きく影響を受けます。

教授 熊谷 悠

自身のパソコンから計算機に接続して研究を行う

計算を高速・高効率・高精度にするための革新的計算技術の開発

ー欠陥のない、きれいな配列のほうが材料にとっていいイメージがあります

そうとは限りません。たとえば酸化物セラミクスの場合、酸素が点欠陥として入り込む酸素空孔が材料の性質を大きく左右します。酸素空孔のできやすさは酸素の通り抜けやすさと関連しているので、酸素空孔が良い働きをするか、悪い影響を及ぼすかは用途によって変わります。欠陥がどの種類で、どのように起こるのかが理論計算によって理解できれば、材料開発の効率はグンと上がるはずです。

ところが点欠陥計算は非常に複雑で、時間もコストもかかります。そのため従来の研究では個別の物質を扱うにとどまり、大規模な計算データを得るのは難しい状況でした。

ー計算機を使えばすぐにデータを得られるものだと思っていましたが、そういうわけではないのですね

はい、だからこそ効率的な計算手法が望まれていました。そこで私はこれらの材料特性の計算の大部分を自動化するプログラムを開発してきました。また開発したプログラムを使って、さまざまな材料データベースの構築も行ないました。

ー新技術もテータベース化も材料計算学の発展に大きく寄与する成果だったのですね

本データベースと機械学習を組み合わせることで、例えば1日かかる様な材料の計算でも0.001秒以下の時間で予測することが可能になります。この技術を応用すれば、世の中に10万個存在するといわれる全物質の特性を予測することも不可能ではありません。またこのようなデータベースは、材料の効率的開発だけでなく、物性の起源を明らかにする普遍的な学理の構築にも貢献できます。

ーすべての物質の性質がわかるかも!そう考えるとわくわくします!

自身のアイディア次第で最先端の材料研究に挑めるーそれが計算材料学の魅力

―研究者を志したのはいつ頃からでしょうか

研究者には小学生の頃からなりたいと思っていました。一人の力で社会を変えられるイメージがあったのと、純粋に理数が好きだったことが理由にあります。高校生の時には、当時注目され始めた環境分野に興味を持ち、社会に役立つ研究をしようと工学部に進学しました。材料分野を選んだのは、エネルギー問題こそが社会の大きな課題なのではないかと思っていたからです。

学部4年生で実験系の研究室に所属した際に、実験だと限られた数の物質しか扱えず、研究のスピードに限界を感じていました。そこで修士課程から扱える物質が多く、性質を直接理解することもできる、計算材料学に進みました。当時、計算機の性能が向上し始めたことも影響していたと思います。

教授 熊谷 悠

運動が好きなので仙台ではウインタースポーツにも挑戦してみたいと話す熊谷先生

―研究の面白さ、魅力はどんなところに感じますか

最大の魅力は、自由なところです。ルールがなく、自分の発想だけで研究を進められ、かつ世の中の役に立つことに取り組める。恵まれた環境だと思います。特に計算材料学分野の場合、加速する計算機の予測性能に自分のオリジナリティのあるアイディアが組み合わされば、最先端の材料研究を自分で切り開いていくことができます。

優れた材料の特性を理解できるのはもちろん、既知の材料の延長上にはない、未知の物質を発見できる大きな可能性がこの分野にはあります。アイディア次第で今までにない面白い研究ができるのが最大の魅力です。

見つかるべくして見つかる究極の材料研究を目指して

―全物質の性質の理解を目指す熊谷先生ですが、今後金研で取り組んでいきたいことはありますか

金研では実験グループと密な連携をとることで、計算上の課題を見つけたいです。金研は、100年以上の歴史があり、実験レベルの高さを感じています。計算機能の向上により、近年では実験を行うことなく計算だけで材料特性を予測することも可能です。とはいえ、計算もまだまだ完璧ではありません。計算機は理想的な環境下を条件とするため、理論上は安定でも実験的に作れないことは多々あります。

ー理論と実験の違いは例えばどういうものがあるでしょうか

例えば、計算上の条件温度は絶対零度(-273.15度)ですが、実際の実験は室温で行われます。さらに作製試料には想定していないようなたくさんの不純物が含まれます。実条件をシミュレーションしようとするほど、複雑なデータ量を処理しなければならなくなるため、そう簡単に結果を出すことはできません。実験と合わない部分をいかに解決するかが計算材料学の最大の課題です。また優れた材料開発を大幅に加速させるには、実験研究を理解した上で計算を行なう必要があります。

ーそのためにも実験グループとの連携が必須なのですね

理論と実験のギャップを計算機でフィードバックできるようになれば、新材料の発見は飛躍的に進むと期待しています。計算を通した理論と実験の融合が私の最大の目標であり、それは私の金研での最大のミッションである「社会で使われる材料の発見」にも直結します。計算機を使って、予測された材料が見つかるべくして見つかるのは、まさに材料研究の究極の形だと思っています。

色々な人が集まってこそアイディアが生まれるー多様性を大切にした研究室に

―これから学生や研究者を迎え入れる熊谷研(2022年4月発足)ですが、どんな研究室にしていきたいですか

国内外問わず学生や研究者を迎えて、多様性豊かな環境にしたいと思っています。アイディアは違う人が集まってこそ出てくるもの。私がポスドクの時に所属していたスイスの研究所でも、男女問わず世界各地から研究者が集まり大変刺激的でした。背景が違えばアイディアも全く異なり、また自分ができない計算もだれかは知っていることも多々ありました。それらの知識を共有しあうことでより広い範囲をカバーでき、各々が成長する姿を間近で見てきました。そんな研究室を私も目指したいです。

ー最後に熊谷研に入りたい!という学生さんにメッセージをお願いします

世の中を変えるような材料を、コンピュータを使って発見したい!と考える野心的な学生さんを募集しております。外国人の方でも、分野が違う人でも、やる気があれば問題ありません。ご興味ある人は、是非、私にまでご連絡をいただけると幸いです!

―どうもありがとうございました。

教授 熊谷 悠

 

研究者略歴

2022年5月インタビュー 情報企画室広報班(冨松)

※教員の所属およびインタビュー内容は取材当時のものです。

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