つとめてやむな 金研研究者インタビュー 「努めて止まない」研究者に聞く
先端萌芽研究部門  助教 井上 悠

vol.9垣根のない研究環境で未知の物性を探る

金研の先端萌芽研究部門では、所内外の研究者との連携によって卓越した先端研究と萌芽的研究を融合し、研究フロンティアの創成を目指しています。

今回は本部門の中で若手研究者の萌芽研究挑戦を推進する独立研究グループに所属する井上悠助教に話を聞きました。

先端・萌芽研究部門についてはこちらをご覧ください。)

晴天の霹靂?! 突如決まったアメリカでの研究生活

ー今の分野に進んだ理由や研究者になろうと思ったきっかけはありますか

小学生の中学年くらいから研究者になりたいとは思っていました。研究者である父の影響で小さいころから大学に行く機会も多く、比較的研究が身近な存在だったと思います。また当時から、物事の仕組みを知ることに非常に大きな関心を抱いていました。家電を分解してみたり、自分で電子回路を作ってみたり、その時に使用した半導体はどうしてこんな性質をもつのだろう?など疑問が尽きませんでした。そうした原理を探求したいという好奇心が物性物理学に進んだ一番の理由だと思います。

―大学院はアメリカの大学に進学されたようですが、いつごろから決めていたのでしょうか

それが実は不思議な成り行きでして…。修士課程からは酸化物エレクトロニクスで有名なハロルド・ファン先生のところで学ぼうと東京大学に進学しました。研究室に所属して1、2日目のMeetingで、なんと先生から「自分はスタンフォード大学に異動するから、アメリカに一緒に来るか、日本に残るか決めて!」と突然言われたのです。まさに青天の霹靂です。ただ自分は将来的にアメリカで研究したいと思っていたので、迷わずついていくことに決めました。

先端萌芽研究部門  助教 井上悠

英語も当初は苦労したとか。バーに誘われて飲みにいっても会話に入れず、なじめるようになるまで4年はかかったが、その苦労のおかげで今は英語のディスカッションも問題なくこなせるようになった。

―それは大きなターニングポイントですね!

アメリカでは一から研究室の立ち上げに携わることになり、大変いい経験になりました。日本で分解した装置を一から組み立てるという経験は、研究者生活を通してもそうできることではありません。そのおかげで装置の仕組みも理解できましたし、完成したときは大きな達成感がありました。研究室の準備が整った時には、アメリカなのに鏡開きまでしましたよ(笑)

ところが大学内で研究はしていたものの、所属は東大のままだったので、カフェテリアが使えない、敷地内の寮には住めない、など明確に区別されており、キャンパスライフにはいろいろと制限がありました。当然講義も受けられず、スタンフォード大の学生から著名な講師の講義について聞いたりすると、こんなに近くなのに受けられないことにもどかしさを感じました。そのため博士課程ではスタンフォード大学に進学することを決めました。修士論文の作成と同時進行だったので試験準備はなかなか大変でしたが、なんとか合格することができました。

興味の尽きない研究テーマ  トポロジカル絶縁体

―研究テーマであるトポロジカル絶縁体とはどのようなものなのでしょうか

トポロジカル絶縁体は10年ほど前に発見された新しい種類の物質です。内部は電気を流さない絶縁体、表面は電気を流す金属の性質が現れるという変わった性質を持ち、この特長を利用した革新的な情報処理デバイスの実現が期待されています。トポロジカル絶縁体のさらに面白い点は、トポロジカル絶縁体に異種材料を組み合わせると、新奇性の高い現象がみられるようになることです。

例えば超伝導体とトポロジカル絶縁体の接合素子には「マヨラナ粒子*1」と呼ばれる奇妙な性質を持つ粒子が現れ、この粒子を巧みに操作することで、エラーが起こりにくい量子情報処理が実現できると考えられています。

―トポロジカル絶縁体のなかでも井上先生は薄膜について研究されているようですが、何か特徴があるのでしょうか

トポロジカル絶縁体を原子レベルで構造を制御して薄膜として作製すると、電子の動きが2次元に制限され、金属状態がエッジにのみ現れるなど塊(バルク)の状態とはまた違った特徴を示します。そうした物性の違いもまた興味深いですし、デバイスへの応用には形状的にも扱いやすい薄膜の方が適しているため、実用化への期待も高い材料です。

歴史の浅い材料であるトポロジカル絶縁体をデバイスに応用するためには、物性解明は欠かせません。物事の仕組みを知り、その知識を使って新たなものを作りたいと思う私にとって、トポロジカル絶縁体薄膜は興味の尽きない研究対象です。

先端萌芽研究部門  助教 井上悠

所属は学際科学フロンティア研究所だが、兼任として金研に所属し、金研内の実験装置を使用して研究に取り組んでいる。

―井上先生は学際科学フロンティア研究所のご所属でありながら、金研で研究されています

学際科学フロンティア研究所(以下学際研)は、他研究所に席を置きながら各々の研究を進めつつ、異分野研究者と積極的に交流することで学際的研究を促進しています。私の場合、普段の研究活動は金研で行い、会議や成果報告の際には学際研に出向きます。宇宙や考古学、睡眠などさまざまな分野の研究者が所属しているのでディスカッションも大変面白いです。

金研では若手研究者の萌芽研究挑戦を推進する先端萌芽研究部門の独立研究グループに所属しています。研究テーマの設定から実験、共同研究に至るまで、研究室の枠を超えて高い自主性のもと実験が進められるので、アメリカの大学と似てリスクもある一方、自分に向いた環境だとも感じています。普段の実験は低温物理学研究部門で行いつつ、共同利用などを活用して金研内のさまざまな実験装置も活用しています。

自分の発見が導く 無限の可能性を糧にして

―研究の醍醐味はどのようなところに感じますか

研究の一番面白いと思うところは、誰も知らないことを探求できることだと思います。もしかしたら自分が世界で初めて見つけたその現象は将来社会に大きな影響を与える大発見かもしれない、そんな無限の可能性を秘めているわけです。

逆に言えば、研究は何が起こるかわからないということと表裏一体で、その点が研究のつらいところです。予想した通りに実験が成功したり何かを発見できたりということはまれで、いい結果がでないことの方が多い。わかってはいますが、当然不安に駆られます。そんなときは別の方法で実験を組みなおしたり、違う分野の人に相談してみたりして、別の方面からアプローチしようとひたすら手足を動かします。見方を変えると意外なところからヒントや解決策が出てきて一歩前進できることもあり、その繰り返しで研究が進んでいきます。

―最後に今後の抱負を教えてください

薄膜同士を組み合わせる研究は金研にきてから取り組みはじめたテーマなので、技術面では1年を経てようやく慣れてきた感触で、これからが本番と思っています。今は新型コロナウイルスの影響で十分に実験が進められず歯がゆい思いをしていますが、やるべきことは変わりません。自分が発見する物性は、将来、全く新しい素子の開発につながるかもしれない、そんな無限の可能性を糧に、今後も研究に励んでいきたいと思います。

また、将来学生を指導する立場になった際には、自身のアメリカでの経験など少し変わった経歴を活かして幅広い視野でアドバイスできればいいなと思っています。

―どうもありがとうございました。

先端萌芽研究部門  助教 井上悠

 

研究者略歴

注釈

2020年5月インタビュー 情報企画室広報班(冨松)

※教員の所属およびインタビュー内容は取材当時のものです。

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