学生によるインタビュー

社会で活躍する卒業生

01 田中 徹 さん

材料科学の基礎から応用にわたる教育活動を展開する金属材料研究所は、これまで多くの優秀な人材を輩出してきました。今回は金研のOB(1998年修士卒、松井研究室)であり、現在日本電信電話株式会社(NTT)でご活躍されている田中徹さんに笠田研究室の松戸と若旅がお話を伺いました。

 
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環境負荷ゼロの社会を目指す

Chapter 1.
環境負荷ゼロの社会
田中さんがNTTで取り組まれている業務についてご説明頂けますでしょうか。

私はNTT宇宙環境エネルギー研究所というところに所属しています。当研究所は、2020年7月にスマートエネルギー分野に革新をもたらす技術と、地球環境の未来を変革する技術の創出を目的として新たに設立されました。私はここで「環境負荷ゼロ研究プロジェクト」のプロジェクトマネージャーとして3つのグループテーマを推進しています。3つのグループでは、核融合や宇宙発電などの次世代エネルギー技術、エネルギーを効率よく流通させるエネルギーネットワーク技術、空気中や水中のCO₂を削減するサステナブルシステム技術の研究に取り組んでいます。私はこれらグループの統括とエネルギーネットワーク技術グループのグループリーダーも兼務しています。

エネルギーネットワーク技術と環境負荷ゼロの社会との関連性についてお聞かせください。

環境負荷ゼロの社会とは、クリーンエネルギーによる地産地消や発生したCO₂を削減することで地球環境に与える影響を±ゼロにし、さらに災害にも強いという社会です。エネルギーネットワーク技術は、発電と消費という需給を調和させる技術と直流グリッドによる災害時にも停電しない技術で構成され、エネルギーの効率的かつ安定的な流通により環境負荷ゼロ社会の実現に貢献していきます。特にNTTは全国に通信ビルが点在していることから、各地の再生可能エネルギーの発電量に応じて、ビル内の情報通信装置の情報処理量を他のビルに移動させ電力消費を追従させることで需給調和を実現しようとしています。また、通信ビルには蓄電池と直流システムが導入されており、このビルを起点として周辺地域と結び直流グリッドを形成することで、災害時や異常時にも安定した電力の供給が期待できます。

電力の安定供給が難しい再生可能エネルギーのみで、電力需要を賄えるのでしょうか。

確かに再生可能エネルギーは天候により発電量が大きく変動するため安定供給が難しく、コストが高いという問題があります。その壁を越えるために、NTTグループでは積極的な再生可能エネルギーの推進に加えてリチウムイオン電池等を導入し、さきほどのエネルギーネットワーク技術を融合させることで、そうした問題を打破していきます。

実は、私はエネルギーに対する意識を変えたいと思っています。これまでは消費側の需要に合わせて発電側が発電量を調整してきたため、普段は何も意識せず電気が使えていました。一方、災害時には停電により電気が使えなくなると、ここで電気の存在を意識することになります。再生可能エネルギーが普及していく社会では、この通常時と災害時における電気の使用に対する意識を逆転したいと思っています。通常時は例えば天気が良くて太陽光発電の発電量が多い時には電気を比較的多く使うことができ、雨が降って発電量が少ない時には電気の使用を抑制しながら活動することで、再生可能エネルギーを意識しながら使っていきます。一方災害時にこそ、最低限の電気は安心して使うことができる、というような使い方の意識です。自然環境の状況に合わせた新たな晴耕雨読型の社会といった感じでしょうか。これには人の行動意識をも変革していく必要があるので、さらにチャレンジングな取り組みになると思っています。

Chapter 2.
企業の研究所で働くということ
学生時代に金属材料研究をなさっていた田中さんですが、何故通信の分野に就職されたのでしょうか。

私はずっとエネルギー分野に興味があり、学生時代には核融合炉の材料研究に取り組んでいました。ちょうど私が就職する頃に太陽光発電や燃料電池等分散電源の話が出始めたことから、全国に点在している通信ビルを起点として、この分散電源と組み合わせることでエネルギー問題を解決できるのではと思いNTTに就職しようと決めました。

企業の研究所は、大学の研究所よりも短期間で研究成果につなげなくてはならないイメージがありますが、実際はどうでしょうか。

一般的には企業の研究所はその性格が強いでしょうね。NTTは情報通信という社会インフラを支えており、基盤的な研究開発も重要なため、短期的に加え中長期的な研究も進めています。

かつてNTTには「環境エネルギー研究所」という組織があり、通信ビルの省エネ化といった事業会社に直結する比較的短期的な研究開発を実施していました。事業との一体開発をしようということで約6年前には廃止となりましたが、そこから時代も変わり、SDGsやESG経営といった環境への意識が世界的に強まり、NTTも地球環境に貢献する研究を長期的な視野に立ってしっかりやっていく必要性が出てきました。そこで新たに立ち上がった宇宙環境エネルギー研究所は、地球のためになる革新的な研究をすることがミッションなので、長期的な研究テーマが多いです。自分は中期から長期までの様々な研究とそのマネジメントをやっているので、まあまあ忙しいです(笑)。

企業で活躍できる人材とは、どんな要素を持っている方でしょうか。

事業系だと他の人と屈託なくコミュニケーションが取れる人、研究系だと好奇心旺盛な人が物事を引っ張っている感じがありますね。とはいえ、どちらも「挨拶ができること」、「素直に謝ること」、「どちらかに決めること」、「明るいこと」、「周りの人を大切にすること」といった小さな頃から教わったことをちゃんとやっている人が活躍しているようです。と、分析しちゃったところがありますが、結局一緒に働きたいと思われている人が活躍していますね。

学生時代の経験が現在の仕事にも活きていると感じることはありますか。

私はボート部に所属していたのですが、そこで得たことが大きいです。「No pain, No gain.」、「今が大切」、「限界と思ってもまだハーフ」…それらの言葉に常識というものを壊されました。これを今の時代にそのまま言うと問題となる点もありますが、グループメンバーには、「心のリミッターを解除しよう」と伝えています。これはできなさそうとか、この部署では無理だとかは、自分が勝手に思い込んで作った限界なので、その考えの枠を取り払うことで次の世界を切り開けるんじゃないのかい、と話をしています。

また、何かを実現したいと思った時には、実現に向けた行動の大切さも教わりました。当時の鬼コーチに「お前は本当に優勝したいのか?」と聞かれ「はい。」と答えましたが、「優勝するということは、優勝した時だけにしか歌えないあの歌を、お前は歌えるのか?」と問われました。。。「優勝しようと思っているヤツが優勝に足る行動をしていなくて優勝なんかできるわけないだろ!」とめちゃくちゃ怒られました。優勝をするためにはどんな行動をすべきなのか、そして優勝した姿までを強烈に描き、それに向けて行動していく大切さをたたき込まれました。その後どうなったか質問してもらっていいですか?

どうなったのでしょうか?

はい。おかげさまで優勝することができました(笑)。

Chapter 3.
“金研”の魅力
学生時代を金研で過ごした田中さんですが、当時の思い出の場所や出来事はありますか。

研究室ですね。学生時代は核融合炉用バナジウム三元合金の水素脆化に関する研究に取り組んでいました。ひたすら水素注入や焼鈍試験、試料の破面観察及びSEM観察などをやっていたときの実験室の風景が非常に印象に残っています。また個性ある研究室のメンバーにも恵まれました。金研は街から近いので、皆でご飯を食べに行ったり、中古CD屋でCDを買ってきてそれを聴きながら研究室で談笑したりと、本当に楽しかったです。

材料研究の魅力とは何でしょうか。

材料研究は実用化の基礎であり、新たな特性を持つオリジナルな材料を発見することは魅力的なことかと思います。一方、目指す特性の材料探索や各種特性試験等は地道な仕事が多いと思います。今後AI等を活用しながらマクロかつミクロなシミュレーションモデルができれば、材料探索スピードが向上したり、実験回数を減らしたりすることができ、効率の良い研究が進むことが考えられます。モデル化するにはこれまで得られた知見や地道なパラメータフィッティングが必要にはなるかと思いますが、こういった新たな手法や考えを融合させることで、まだまだ材料研究は面白くなっていくのではないでしょうか。

金研での研究生活が今に活きていることはありますか?
 

NTTに置かれたITER*の模型の前にて
* ITERは、日、欧、米、露、印、中、韓の国際協力で進める国際熱核融合実験炉計画であり、現在フランスで建設が進められている。

自律的に考えて取り組むというところかなと思います。研究室では松井教授から研究の方向性のアドバイスはもらい、後は自分で考えて動くという方針でした。ところが自分は、ボートやっていたので、研究のことはよくわかりません、という感じで助手に頼ってばかりいたところがありました。こういったことを実験しようという話し合いがあっても、あまり考えずにそのまま作業に取り組んでしまっていました。実験環境を構築していたある日、助手から、「あとは自分でやって」、と伝えられた時には、見捨てられたとその時は感じました。しかし、そうであれば自分でなんとかやっていくしかない、と奮起して試行錯誤しながら実験系作りに取り組みました。やっと完成して実験データが出てきた時はとても嬉しかったです。後から考えるとあの時助手は、私が自分で考えていかなければダメになると思って、あのようなことを言ってくれたのだと思いました。NTTの研究所に入り、時折日々の業務に流されそうになる時には、「考えよう」と自分に言い聞かせるようにしています。また、今のプロジェクトでは、核融合に関連する研究も手がけることになりました。国際熱核融合実験炉(ITER)でのプラズマ制御に伴うデータ転送や処理を高速化し、オペレーションの最適運用に貢献していこうと取り組みを始めたところです。まさか約25年ぶりにNTTで核融合関連の仕事に携わり、笠田教授と議論ができるとは思ってもみませんでした。一緒に研究室で過ごした戦友と再会できたことは何かの巡り合わせなのかなと感じずにはいられません。

ありがとうございました。

MATSUDO

WAKATABI

2021年1月インタビュー 笠田研究室 (松戸、若旅)

Profile
Toru TANAKA

日本電信電話株式会社 NTT宇宙環境エネルギー研究所 環境負荷ゼロ研究プロジェクト プロジェクトマネージャー

東北大学大学院工学研究科 量子エネルギー工学専攻 博士前期課程修了(1998年) 金属材料研究所 原子力材料工学研究部門(松井研究室)

※肩書はインタビュー当時のものです。

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